がんばろう真備、がんばろう岡山

 西日本豪雨から4ヵ月になります。洪水被害が甚大だった岡山市や倉敷市は今もなお復旧作業に追われ、仮設住宅や公営住宅に引っ越しを余儀なくされた住民も多数おり、いまだ避難所生活を送っている人たちもいます。しかし被災直後から被災地近隣の青年教会員と家庭連合平和ボランティア隊・UPeaceの青年メンバーが岡山市や倉敷市のボランティアセンターと協力し、被害が大きかった岡山東平島エリアや倉敷真備エリアへの復興支援活動を継続してきました。特に家庭連合の全国各地の教会から成和青年部メンバーが支援に駆けつけてくれています。

 7月から順次、高知、福岡、仙台、東京、横浜、名古屋、大阪の青年部の有志たちが岡山家庭教会や倉敷家庭教会に宿泊し、数日間被災地の片づけや清掃を手伝いに来てくれました。昼間は復旧作業をして夜に教会に帰ってきますので、岡山の教会員と接するのはわずかな時間でしたが、特に印象に残ったのが仙台から来た青年メンバーたちです。宮城や福島は7年前の東日本大震災で莫大な被害を受けました。その時に全国から復興支援に多くの人たちが駆けつけました。その時に自分たちが助けられたので恩返ししたいという気持ちが強かったそうです。実際に倉敷市真備町に入り被災地を目の当たりにして「自分たちもあれから立ち直れたので何とかしてあげたい」という衝動に駆られたのです。若さと体力を武器にしたメンバーが一気に手伝うと作業が早く進みます。汚泥や臭いも酷かった場所が1日で綺麗になり、現地住民から感謝されました。仙台の青年たちは「あなたたち宮城から来てくれたの?」と驚かれても、「あの時の恩は忘れないので、全国に同じことがあれば絶対に応援したいと思ってました」と胸を張って言いました。お互いの苦労をわかり合える同志たちが全国にいるというのはありがたいことです。住民たちは今、がんばろう真備! がんばろう岡山!のスローガンを胸に日常生活を取り戻しつつあります。最後にせっかく来たので岡山ならでは思い出を残して帰りたいというので名物を聞かれたから、『えびめし』『デミカツ丼』『きび団子』の名を教えて別れました。ちゃんと食べて帰ったかなぁー??